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観たものの話をしている

12月・1月補遺(XPEED、ユンヒへ、フレンチ・ディスパッチ)

※上映中の作品の内容に対する言及があります。

・「XPEED」(clubasia)
 客席内、ステージと直角になるような位置にフラットにサブステージを作っていた。おそらく転換上の要請によるものだろうけど、ミニマムに舞台の正面性が入れ替わるのがかーなり面白かった。遠慮して端に寄ったら次の演者の時には最前に立つことになったり、「横から(=本来の正面のスピーカーから)音に殴られる」みたいな感覚の食い違いが生じたりする。

・映画「ユンヒへ」
 小樽から母ユンヒに届いた、旧い「友人」・ジュンからの手紙。その手紙に自分の知らない母の人生を垣間見たセボムは、ユンヒを冬の小樽旅行へと誘い出す。
 「雪と月、夜と静けさが似合う」と語られる通り、劇中の小樽は上品に景観が切り取られ、ソフトな美しさに満ちている。その上で注目したいのは、台詞内でも言及された旧手宮線跡地の存在である。
 旧手宮線は北海道の(かっこ付きの)「開拓」期に、石炭を小樽港から道外へ輸送するために整備された幌内鉄道を源としている。北海道の主要鉄道の一部として小樽の発展を支えたが、小樽経済の衰退に伴い1985年に廃止となった。
 廃線後、跡地の一部はレールを敷いた形で公園として保存・整備されている。小樽という土地がかつて経験した繁栄と斜陽の記憶、そして、遺構の「保存」を試行する過程それ自体の記憶が交ざり合った場所であると言えよう。
 冬の旧手宮線跡はレールの上に雪が積もり、一見ふつうの遊歩道と見分けがつかない。しかし、その下にかつての軌道があるのだと捉えること、セボムが今で知らなかった母の姿を見つけること、そしてユンヒがそれまで蓋をしていた自らの人生や感情と再会することは、伏流のように関連しているように思われる。

・映画『フレンチ・ディスパッチ:ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
 編集長の死により廃刊に際した『フレンチ・ディスパッチ』誌。その誌面から抜粋して語られる記事たち。
 ドールハウスを作り込むように精巧な画面で、ちょっとした挿話に割くギミックじゃないんだわ...と感じる瞬間も多々。
 特に、旅行記事?のパートで、しゃらくさい紀行が始まる空気を醸し出してから、画面二分割して新旧の街の一隅を映しまくるところが好きだ。対比してるからといって別に再開発に成功してるとかではない。
 エピソード的には「シェフと誘拐犯」の異邦人のくだりの処理が印象的だった。雑誌記事という「書いたもの」「語られたもの」ベースの映画の中で、「書かなかったこと」「自ら開示しなかったこと」の話されると弱い。あと食前酒の描写がやたらと美味しそうで、グルメ記事の名残を思った。ピクニック用の小さな魔法瓶ほしい。
 エンドロールで『フレンチ・ディスパッチ』誌の歴史とともにあった表紙たち...が次々と映るところで謎にじーんとしてしまった、実際にはさっき会ったばかりの雑誌なのに。