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観たものの話をしている

2022年6月

・唐組「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」(花園神社)
 テント劇文化、知識としては知ってたが立ち会ったことは今までなかったのだが、花園神社の骨董市の脇、神社の木陰の下を這うように真っ赤なテントが張り巡らされている光景を目にして驚くほどテンションが上がってしまい、上がったまま当日券を買ってしまった。
 地元にアングラ演劇フォロワーの劇団があって、舞台空間をぱっと拡張させる手腕が印象的だったのだけど、今回まさにその源流を目の当たりにしたというか、今までそうと知らず見てきたものは、この見せ物小屋みたいなテントの中にある美意識と水面下で響きあっていたのだな...と納得する思いだった。借景は借景に押し留まらない。

・犬王
 「能」のシーンの演出を埋める機構的な想像力が描かれているのが好きだった。(鯨におけるネタ光の投影!)物語の脇に映っていた人物が「後の○○(歴史上の有名人)である」と紹介されるの好きで、歴史(記録される正史)に名を残した人物/残さなかった人物の主客が転倒するのが物語であるという示し方だからかもしれない。
※追記:とはいえ、集大成として「西洋的な正しい身体」に向かっていくところにむにゃむにゃ思わなくはなかったが、この点は持ち帰って考えたい。

東京都写真美術館アヴァンギャルド勃興 近代日本の前衛写真」
 関西発の写真運動ということで、地方ごとに章立てしているのが好感高かった。福岡のイルフが特に好き(古いをひっくり返してイルフ!)。海岸漂着物を集めて再構成する行為が好きなだけかも知れないけど...。
 そのイルフから許斐儀一郎の「題不詳」の一枚に、不揃いに積まれたレンガの写真があった。レンガの表面に一様にならず影が差して、レンガ同士の隙間には金属にも似た光沢が焼き写されているのが印象的だった。
 ほか、田渕銀芳「作品」は、つくりかけの木造船の断面を撮った作品だ。柱状の湾曲するかげは、一瞬造船だと分からないほど奇妙な、しかし美しい形状を呈している。
 展覧会冒頭では、前衛写真に影響を与えた海外作品のひとつとしてマン・レイ「りんごとねじ」が展示されているのだけれど、その横に掲げられた小石清の評文がかなり良かった。この文章を読んでから当該作品を鑑賞すると、なるほどこの作品を見て「表皮と肉の間」に言及しないのは片手落ちだな...と思わせられる。

・渋谷公園通りギャラリー「においと辿る、わたしの記憶」
 同館の「においと記憶」にまつわる交流プログラムの報告展示。参加者の個人史が中心の展示と聞いて、こぢんまりした会場を想像して行ったら、かなり内容も体裁も作り込まれており、記録映像から見える当日の体制も手厚く、まずそこでオォーとなってた。
 展示内で語られるにおいには、実際に嗅がずとも自分の身体感覚として共感できるにおいから、意識したことも、おそらく体験したこともないにおい(「美術館の床の油のにおい」、「新聞記事で見た花のにおい」とか)まであり、そこが他者の個人史を読む面白さとリンクしていて興味深かった。

・dubbin'(MOGRA)
 事前情報照明演出めっちゃ推すじゃん...と思って行ったら照明演出めっちゃかっこよかった。小さなレーザー1台から光がフロアいっぱい花のように広がって、吐き出されるスモークがレーザーの光の幅に雲を浮かべたりする。レーザー、あれだけ光の幅を示すのに、床に当たった時はほっそい線状の形態を呈するの大好き。ブース後ろの直管灯も気持ちがよくて、しばらく前見て踊ってから目を瞑ると暗い視界に白い雨が降る。
 前日にやってた(自分は後日見たけど)、主催者と出演者が出演していた特番https://www.twitch.tv/videos/1507166558の1:24:00くらいからの設営形式の話が面白かった。ボイラールーム形式(DJブースを客がフラットに360度取り囲む形式の通称…という認識でいいんだろうか?)というものがあり、専門外なのでパッと見正面性を限らない発想なのかなーと思ったら、むしろ登場時は逆でカメラの配置という正面性を限る必要から出てきた形式であるとか、高い位置にブースを配置する場合との主催側・演者側のマインドの違いとか、興味深かった。