舞台芸術制作者オープンネットワークが主催する、「人と舞台芸術のあり方を見つめ直」すための配信講座シリーズ。アーカイブをテーマに据えた第5回は、社会学者の吉見俊哉氏と、作曲家で「紙カンパニーproject」のメンバーでもある松延耕資氏が講師を務めた。
講義内容について詳述は避けるが、吉見氏の講義はアクロバティックでありながら実践の上での基盤も固める内容でとても面白かった。自分は「アーカイブ」と聞いたときになんとなく公演の記録動画を念頭に置いていたが、当然ながらそこに留まらず網羅的でボーダーレスな保存を可能としている現代のデジタルアーカイブの可能性。「公演」に軸なす水平な時間と垂直な時間、場をもって過去を語らしめようとした吉見氏自身の実践...果てはブルック『なにもない空間』における均質な空間観に対する反駁にまで至る。
また松延氏は、公演を捏造し、あたかも公演が行われたかのようにアーカイブを見せかける劇団である紙カンパニーprojectの活動を紹介。クロストークでは、記録によって生ずる公演の変質について触れながら、その豊かさこそを肯定的に論じていた。
ところで本講座にて紙カンパニーprojectの新作公開制作のことを知った。ので行った。会場は中野のギャラリー「水性」。歩行者の多い通りに面したギャラリーは、制作期間中はΦ野区(中野区ではない)区長選挙に向けた選挙事務所を装っている。その過剰にパフォーマティブな選挙戦の佇まいに、短い滞在の間にも通行人がぎょっとして中を覗き込んでくる様子が何回も見受けられた。
選挙事務所の過剰さとは裏腹に、会場で放映されている候補者の語り口は非常に堅実で、当初予想された、いわゆるオモシロ枠的な印象はまったくない。主張に演劇観を引くにあたって「客席から舞台に干渉できる」と訴える人間は個人的には非常に信頼できる一方で、信頼できすぎて政治家としては逆に自明に裏切られそうな予感もする(?)が、どのような作品になるのか。
先の講座で紹介されていた、実際に19世紀フランスの劇場で起こった事件をモデルとした紙カンパニーの「公演」である「エルナニ2022」のムックもあった(Webでも閲覧可能)。公演に飽き足らず事件までも捏造しようという企画もさることながら、劇団ではない第三者がスクープしたという体のムックに漂ういわゆる逆張り的な諧謔もまた「演劇的」に感じる訳だけど、そのムックを締めるのは「観劇」した佐々木亜美氏(仮名)の素朴なコメントで、逆張りと順張りの綱引きの絶妙さにぐっとくる。新作もそうだが、演劇をまっすぐに面白がる視点と構造的に茶々入れしたがる視点、どちらかでも欠けていたら、そもそもこんな事業を遂行しようと思わないだろうしな....。