Ry

了 / 公共劇場が好き

2024年6月/akakilike「希望の家」(まつもと市民芸術館)(と、松本市立博物館)

 私だって「楽しい宴はもうおしまい」と怒鳴り出す時機を窺っている。

 

 今年4月からまつもと市民芸術館の芸術監督団を務めている倉田翠氏の言わば就任作。監督団に同時就任した木ノ下裕一氏・石丸幹二氏はそれぞれ就任決定前に松本市での上演/出演歴を持っていたのに対して、倉田氏は本作品がおそらく松本初登場作でもある。

 上演場所となる「特設会場」の設営は一種独特だ。敷地を圧する巨大な劇場、その脇に開けられた搬入口から観客を招き入れ、本来のメインホール舞台上に臨時の客席をしつらえている。観客は本来の客席...つるつるした布地のグラデーションがかった座席や、光の線で縁取られたバルコニーの階層...を正面に意識しながら着席する形となる。最前列は演者たちが立つ舞台面とまったくのフラット。本作は東京公演も予定されているが、同じ設営は難しいだろう。

 補足すると、この「メインホール舞台上に観客を載せる」上演形態は、2022年度まで長きにわたって同館の初代芸術監督を務めた串田和美氏が多く取り入れていた。自由度の高い上演空間利用が、一過性のものではなく劇場そのものに蓄積されてきた証左と言えよう。

 上演は結婚式(披露宴?)の式次第をなぞって進行し、演者たちはそれぞれ新郎・新婦ほか結婚式の役割をうっすらと纏って登場する。そのうちの一人、司会(台詞上は「牧師」とも思われる)のような役割を担う前田耕平氏は、舞台上(厳密には舞台上だけではない)をうろつき、矢継ぎ早な怒鳴り声で上演に口を挟みだす。気分は電車で隣に座った知らない人のデカい独り言を聞かされている時間だが、怯えの中で相手をギリギリで許容できるユーモアも感じられる。かと思うと観客に一丸となって結婚式を盛り上げるよう要求し、新郎新婦の入場曲の山場では拍手を強いてくる。自分は劇場の椅子ではなく、硬い地面に体育座りして首を縮こませているんじゃないかという錯覚に陥るが、そこにまで至る独特な狂言回しだ。それはそれとして例の挙動(例の挙動?)はワザとでないと困るだろ。

 「観客に拍手を指示する」といえば、同じく倉田氏が2023年に手掛けた「指揮者が出てきたら拍手をしてください」が記憶に新しい。あの作品における観客へのリアクションの要求は、会場にいる我々こそが劇場(市民会館)の権威づけをめぐる当事者であることを意識させる仕掛けであった。そう思うと本公演が観客を舞台に上げ、拍手を求めて上演に巻き込んでいくスタイルは、私達もまた家というパフォーマンスの当事者であると思い知らす効果を果たしている、という見立ては可能かもしれない。

 中盤、演者の一人である吉田凪詐氏が「昔住んでいた家」をルームツアーよろしく舞台上で案内するくだりがある。序盤から特に舞台上に話し相手を求める風でもなく、独自の理論を滔々と語っていた吉田氏だが、この場面では聞き手としての他の演者を欲している(それも説明に熱を帯びるあまり遊離していくが)。私は「ここにはない空間」を舞台上に喚び出して説明する場面が好きなのだが、さらに本作では今住んでいる家ではなく、記憶の中にある、理想化とまでは言えなくとも抽出された家の語りであることが、(倉田氏じしんが言及しているように)留保なしでは使えない「希望」の家というワードを裏づけているように思われる。

 自分が観たのは、倉田氏と木ノ下裕一氏とのアフタートークが、厳密な時間管理のもと(!)行われた回だった。作中、二人の演者がテーブル上で倒れないように支え合いながら重心移動する場面があるのだけれど、そこを指して「ただ淡々とやっている動作に文脈が乗る(意訳)」というお話もしていて、その言葉があったことで当該場面が遡及的に印象深いものになった。

 

以前倉田翠氏の作品を観た記録

ry-kun.hatenablog.com

 

 昨年秋に松本城公園敷地から移転リニューアルした松本市立博物館にも行った。

 常設展示室はワンフロア8章立て。松本まるごと博物館構想、一般に言うエコミュージアム*1による市内施設同士の相互補完を前提として、中核館としては思いきりのよいテーマ選択である。

 常設展における松本市史は、現在から切り離されて膠着した過去ではなく、「市民」にとっては無縁ではいられない動的なシビック・ヒストリーとして語らんと試みられている。松本城を概説する冒頭セクション「お城のあるまち」の最後で、現在の住民にとって切実な課題である市街地空洞化や交通問題に目配せされているのが顕著だろう。

 その表と裏の関係として、(公が主導する廃却に抗する形で)発祥した過去の松本城保存運動の話題から、市が推進する現在の世界遺産登録運動を「すごろく」を模してシームレスに展示する態度がある。この博物館の移転理由のひとつが、世界遺産認定を視野に入れた城堀の復元事業であることを考えると、住民なり市民が主体となる語りと、自治体なり公が主体となる語り、両者の距離の無さに無邪気なものを感じる。

 ところで松本城保存の資金調達のために開催された「博覧会」は、当館リニューアル後初の特別展がその名前を冠していたように、松本の近代史を解説する上で外せないキーワードであることは間違いない。一方で博覧会という場が多かれ少なかれ由来していた植民地的・帝国主義的な出自について、現代の「博物館」が何も語らずにいられるのか?

 そもそも博物館が想定する「松本市民」(展示内では「松本人」というワードが登場する。なんだよ松本人って)及びそこに附帯するシビック・プライドは、城下町を中心とした空間認識によって枠組まれている。その発想自体はまちの成り立ちをなぞる上で妥当だとしても、城下町の「外」を含み、さらに平成の大合併により大幅に拡張された現在の市域からするとアンバランスな印象は免れない。*2この点についてはそれこそ各地域を担うサテライト施設との有機的な補完を求めるところである。

 目玉展示物の多くはリニューアル前から引き継がれている。宝船の七福神は休館中の修復で衣装がパリッとして嬉しい。移転前にあった男性器の道祖神が珍スポットガイドみたいなのに載っててビビったよな~ワハハと思っていたら普通に現役で展示されており、リニューアル時にオミットされるだろうと無意識に思い込んでいた自らの不明を恥じた。

*1:ある地域の自然・歴史・生活文化を総合的に/連関するものとして地域の中で保存・展示・研究していこうとする考え方。住民参加を旨とし、地域内に中核施設・サテライト施設・それらを繋ぐトレイルを配する。ちな松本まるごと博物館構想の解説はまる博って何? | 松本まるごと博物館

*2:「開かれた盆地」「ともにある山」セクションで山間部ほか城下町以外の地域の生活文化の紹介が図られているが、個人的には、テーマ選定も含め良くも悪くも城下町という中心ありきで周縁を見渡した視点に定まっているように見受けられる。