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2023年11月/さいたま国際芸術祭・「指揮者が出てきたら拍手をしてください」(旧市民会館おおみや)

 さいたま国際芸術祭は、2022年に移転閉館したさいたま市大宮区の旧市民会館が文字通り舞台として位置づけられている。ガラス張りと柱の位置で高床に錯覚する正面の築容、今どき中々見られない瀟洒な照明、1970年式の会館建築を透明な壁で動線づけながら、来場者を「バックステージツアー」させる趣向こそがこの芸術祭の中核である。

 来場者はリハーサル中のホールに侵入し、消音のためか途端にふかふかになるラグを踏みながら舞台上に立つ。そのまま舞台袖から、楽屋や給湯室が並ぶバックヤードへと横切っていく。A番B番が書き殴られた事務室のホワイトボード、置き忘れられたまま束ねられた傘、管制室の古びたソファ、清掃職員の話し声。ありし日の市民会館の姿をいわば動態保存し、のみならずSCAPERと称される景観のフックがそこかしこに散りばめられている。

 という仕掛けであることは事前に情報を仕入れていたので、ホール建築好きな自分はきっと楽しめるだろうと期待して訪問したのだが、実際のところは、市民会館という対象に向けて至近に視線を投げ掛けさせようと誘導するその距離感の無さが、率直に言って初見では気持ち悪かった。

 マインドセットが変わったのは、この旧市民会館ホールで上演される「指揮者が出てきたら拍手をしてください」の鑑賞中だ。

 長野県松本市にあるまつもと市民芸術館の次期芸術監督団にも抜擢されている倉田翠が手掛ける本作は、「バレエをやめた」経験を持つ出演者20名(うち公募18名)によるパフォーマンスである。

 村川拓也「ムーンライト」(2023再演)の感想記事でも類似の旨を記したが、この旧市民会館のような多目的市民ホールは、全国各地で設置が相次いだのち、主にピアノとバレエの発表会の場として利用されてきた歴史がある。もっと大規模であったり伝統ある劇場ならともかく、1300前後の客席、しかもかつて「多目的は無目的」という揶揄からやっと転換を図られてきた時代の公立ホールに権力を感じる人は、(本演目に足を運ぶような)舞台芸術に親しみを持つ人間であれば余計ども少ないかもしれない。

 しかし、バレエをやめた出演者の多くにとって、こうしたホールこそが自らが/自らを取捨した「バレエの現場」であっただろう事実と、舞台上方に取り付けられたスクリーンパネルから客席に映し出される指示が、「公共ホール」の持つ権威性に積もっていた埃を払い落として浮き彫りにする。そして、この劇場をまなざす意味...客席から舞台に向ける視線、だけではなく、あらゆる角度から無遠慮に視線を投げ掛ける意味付けを遡及的に獲得してシャキッとした。

 

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