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2024年2月/e.g.o. [SPREAD 4th Anniv.2](下北沢SPREAD)

  12月に思いがけず目撃したsentimental hardwareを観て、もう一度何が起きていたのか確かめたかった。ので行った。

 SPREADは採石場の地下にできた洞のような空間だった。吊り下げられた持ち込みの白い電球は、前回観たときはその点滅によって白昼夢のような効果をもたらしていたが、今回は演者も機材も、扇状に取り囲む観客までも詳らかにして、眩くなまなましい質感を産み出している。

 聞き覚えのある、しかし曲名までは分からないアニメソングやボーカロイドの歌の鱗片が聞こえる。フェイスガードの横に取り付けられた作業灯の小さな光が早々に床に転がる。輸血袋のような金属の箱が何度も何度もバットで殴られる。やがてひしゃげて踏まれて打ち棄てられるまで、私たちはその打撃を聞く。それはひたすら興奮にドライブしていった12月とはまた違う感覚だった。照り返しの強い大通りで遂行される、人体破壊の人形劇のようだ。この場から目が離せないまま、引き攣れる音も声も耳に入ってくるのに、ただその場に立ち尽くすだけの自分がとてつもなく残忍な人間のように思える。

 

 混乱の余韻が抜けきらず、一度屋外に出る(ドリンク代で再入場可能だった)。北沢タウンホールまで歩く。窓口は閉まっていたが施設内には入り込める時間帯で、館内は帰りの利用者と時折すれ違うのみだった。煌々としたエントランスから一歩奥に踏み込むと、半ば野外のような昏く巨大な吹き抜けが建物を貫いている。整頓された公共施設の顔から一転、途方もない空間をその身に抱えているチャーミングさにめろめろになって快復した。

 会場に戻る。SPREADで印象的だったのは一つとして散漫な光源がないことで、意図の汲めなかった配置の灯体も、それぞれに設営・編成の異なる7組の出演者たちの各々にかちっと填まる瞬間がいずれ訪れる。

 最後の演奏はDALLJUB STEP CLUBだった。面的に鋭いドラムと、とろとろと軟らかく溢れていく上音が、演奏の時間軸を強烈に意識させる。音が鳴る端から、その音もいずれ経過して消えてしまうことが惜しくなるのだ。今流れていくこの音に踏み留まろうとして、観客は足を踏み体を揺らす。