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埼玉県立近代美術館「桃源郷通行許可証」「MOMASコレクション」

※開催中の展覧会の内容を記述しています。

 

◼️桃源郷通行許可証

 現代作家の作品×各作家が館所蔵コレクションから選んだ作品、各6組の掛け合わせによる企画展。タイトルは出展作家である松井智惠の作品内から。

 会場からは極力キャプションが排され、作品情報は配布リストとの対応関係に託される。不便な仕掛けではないし(リストに解説載せてくれるのでむしろ親切ですらある)、異なる作家の作品同士が対等に混在する企画意図に基づくものとは理解しながらも、個人的にはやや認知しづらくて途中まで焦ってた。

 掛け合わせという観点から特に面白かったのは「稲垣美侑×駒井哲郎」セクション。キャンバスに別の紙の切れ端を貼り付けるなど、遊びの余地のある稲垣の絵画と、小宇宙を小さい画面に収めたような駒井の版画が対等に調和している。

 セクションによって作品同士の関係性はかなり異なり、例えば東恩納裕一セクションは現代作家側の作品が強く主導する印象だった。展示室の中央にあるのは、果物に見立てたLEDライトと館所蔵のデザイナーズチェアで、同室に飾られた静物画、そして食卓画ひいては「団欒」をちぐはぐにパロディしたような〈ダイニングセット〉。LEDを連結した〈fallen chandelier〉が(他作品の保護上壁に埋め込むように展示されてたのも、奇妙な館(やかた)じみた展示空間を底上げしている。

 アクリル絵の具による「水墨画」を志向した松本陽子による、春の花木の靄がかった生気を連想させる作品と対置されるのは、木幹の存在感を前面に押し出した丸山位里〈紅梅〉なんだけど、この作品は前期後期で菱田春草〈湖上釣舟〉と入れ替わるぽく、作品の掛け合わせの解釈の切り口がガラッと変わるんじゃないか?と思った。そちらはそちらで面白そう。

 作品単体でとりわけ好きだったのは文谷有佳里のドローイングだった。最初告知サイトでパッと観た時なぜか合戦図の絵巻物だと勘違いしたんだけど、実物見たらなんとなく理由を理解してもらえるんじゃないかと思う。パキッとした直線から奥行き、くるくるとペンで描かれた線から動きが生まれていて、繰り返し長時間観たくなる絵だ。

 ほか、佐野陽一が温室を撮影した5×5〈tropiquesのためのエスキース〉は、像のぼやけた撮り方と温室の上気した空気感がよく合っていた。あと幕間の福岡道雄〈飛び石〉、飛び石が「画面」を横断せず、中ほどで途切れてるのがわけわからん響いた。

 

◼️MOMASコレクション

 今期は名品セレクション・新収蔵品紹介「さいきんのたまもの」・夜を描いた日本画選「月を待つ」の三本立て。うち新収蔵品紹介は1970年代の作品が厚く、中でも堀浩哉はそれだけで小特集を張れるくらいの点数が展示されている。メキシコ芸術運動の小特集も面白かった。

 埼玉県美の常設展、展示室自体は決して大きくない、企画展とセットで見やすい規模ながら、きっちりコレクションコンシャスなところ示してくれる内容なの本当に助かる。

 常設展でいちばん印象的だったのは正木隆〈Shot 02-2〉だ。紺色に塗った地(照度を落とした展示室内でほぼ完全な黒に映る)の上に、横断歩道や道路の境界線、道路脇のコンビニらしき建物の枠のみが白く浮かび上がっている。実際の景観からモチーフを削いだ、というよりは、コンピューターグラフィックの空間に選択されたオブジェクトだけがぽつんと存在してるかのような印象を受ける。

 作家の正木隆は、埼玉県内の狭山市にアトリエを構えていたらしい。日本のどこにあってもおかしくない、匿名化された景観を想起させる作品だが、解説には「この作品も狭山市内の(特定の)場所を描いたのかもしれません」という主旨の言葉が添えられており、初見の印象がその場で突き崩されるようでちょっと面白かった。