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2023年10月/東京芸術祭

 と題するとさも体系的にプログラムを鑑賞した人間のようだが、先に断っておくと、諸事にかまけてぼへっとしているうちに立ち会えた一部の無料プログラムについてのみ記述している。

 東京芸術祭は東京芸術劇場及び池袋エリアを中心に開催される舞台芸術フェスティバルで、本2023年は「世界を反転して陽気になる方法」を掲げている。

 

◼️とおくのアンサンブル

 たまたま立ち入った東京芸術劇場のエントランスに踏み込むと、館内には「金属の音」が渦巻いていた。状況を呑み込めずあたりを見回すと、すかさずスタッフがチラシを差し出してくる。「とおくのアンサンブル」は、地下から吹き抜けるアトリウムの高さまでエスカレーターを折り重ねながら層なす館内のそこかしこにトロンボーン奏者16名が立ち、壮とした音を響かせるパフォーマンス。観客は館内のどの階で立ち止まって聴いてもいいし、エスカレーターを乗り降りしながらフロアの間をうろうろしてもいいし、もちろんそのまま音を背に通り過ぎてもいい。

 トロンボーン一本(16本だが)の音のみを丁寧に積み上げていくサウンドと、東京芸術劇場の構造に対する信頼が窺える、シンプルだが地力あるプログラムだ。公共空間において単なる通行人だった人間に、一方的に「観客になる/ならない」の選択を突きつけてくるパブリックパフォーマンスの強引さをこそいとおしく思う。

 

◼️EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo

 過去の舞台映像アーカイブ東京芸術劇場館内に設けられたブースにて、大画面で視聴できる「演劇図書館」。自分は配信がある作品でも家だと90~120分間の集中力が保てないことが多いので嬉しい。

 ずっと観たかった庭劇団ペニノ「地獄谷温泉 無明ノ宿」(2016)を観る。北陸の寂れた湯治宿に、東京から人形芝居の親子が訪れた一夜を取り上げた物語。舞台上に出現した湯治宿の「ドールハウス」には、場面場面ごとの光の勾配が詳細に書き込まれ、圧倒的なリアリティを生んでいる。

 同劇団の「笑顔の砦」が「見ようとしなかったものを直視させられる」物語だとすれば、こちらは「まなざそうとしたからには無傷ではいられない」物語であり、作中で語られる「圧倒的な惨めさを求める」心とも違う爽快な観後感が残る。視線の欲望を振り回したにも関わらず、自らの基盤がなんにも揺らいでいないように振る舞うよりもずっと快い。

 

◼️はじめましての演劇

 東京芸術劇場の地下に芸術祭スタッフや一般来場者による、演劇と「出会った」エピソードが投稿されている。舞台に照射された光に向かって踏み出すまま、まっすぐにこの場所まで至ったような語りのパワーに打ちのめされて、初見は「自分もちゃんとしないと...」とめそめそ帰ったのだが、2回目来たときは「美しく励まされる話だが、私自身は絶対に絶対にこの語りに与したくない」と無意味な反発心を抱くまで回復する。なんであれ、この地下広場で行われていることは東京芸術祭の他のプログラムに比肩する「上演」行為である。